新橋『ほそ川』

 この日も、とあるお蕎麦屋さんで取材だった。
 おりしも“まかない”の時間で、そこに交じってみなさんとお話されていたのが、こちらのご主人。
「このかたも料理屋さんなんですよ、新橋の」
 と蕎麦屋のご主人に紹介していただいた。以前に近所のお店でつとめていらして、仲良くなられたのだという。名刺交換して、ご挨拶。

「新橋はもう全然暇ですよ」
 いつ電車がまた止まるか分からない。だからみな早々に帰る。新橋のように勤め人の街は随分と打撃を受けていると聞いた。

 なんとなくそんな気になって、
「じゃあ、今晩うかがってもいいですか?」
 そんな言葉がツルッと出てきた。ほんとうですか、お待ちしていますよという話になって、取材を終えて新橋へ。

 お世辞抜きに、素敵なお店だった。店内、お皿の趣味、居心地の良さ、空気感。ご主人がひとりでやられているが、ぶばったようなところがまるでなく、柔和な方だった。

 春のおぼろの白魚の……旬の玉子とじである。いい味だった。立派な白魚で淡白な身の味にほろ苦さがしっかり感じられて、ダシの香りのいいこと。ただレンゲがトンボ柄なのだけが残念。

 海老芋のカニあんかけ。「おいしい」と思わず言葉にしてしまう。毛ガニの濃い味とダシのバランス、ねっとりとした芋の良さ……そして見事に翡翠色に炊かれた豆の色合い。心が奮い立つようだった。

 山菜の天ぷら、ウドがみずみずしくあがっていて印象に残る。

 金目鯛の焼き加減も完璧。皮のパリッとした食感、裏側の脂身の残し方、焦げるちょい寸前の塩梅の良さ。

 また行きたいと思いつつ、ひと月経った今も果たせていない。