築地『てんぷら 黒川』


 そうそう、書き忘れていた。
 22日の日記に登場したこのお店で、実に貴重な体験をしたんでした。まあ、ちょっと聞いてください。


 ごはん雑誌の取材をさせてもらってるわけですね、私は。
 焼肉特集なら焼肉で、取材前に評判のいいお店をリサーチしたり、自分が過去に行ったお店で良いと思える店をもう一度訪れて、味の再チェックなんてことをするわけです。

 この『黒川』さんは2年前に行ったきり。なので再訪してみたときのこと。つまり、取材じゃなくフツーのお客として来ていたわけです。


 まあ単純にいって、財布を忘れちゃったんですね。
 前日にお金を別のところに移していたのを、すーーーーーーーーーーーーーっかり忘れていたんだこれが。SUICAってのは怖いですね。全然お金を持ってないことに気づかず、渋谷から築地まで来れてしまう。その間に私、コンビニで買い物までしていたんですが、これも全部、SUICAで払っちゃってた。

 お会計のときの空っぽの財布を見た私の心持をご想像下さい。
 あは、あははは……。「ハトが豆鉄砲くらった顔」ってのをまさに体現していたようです私。店員さんが私の顔みて、思わず吹いたんだもの(笑)。札入れ見た瞬間「フエッ!?」とか声にならない声出してたしねえ。
「自称フリーライター無銭飲食!」「お粗末! 駆け出しフードライター御用!」
 そんな見出しが心の中駆け回りましたが、正直に訳を話して謝りました。そりゃそうだ。そのとき間が悪いことに、キャッシュカードも持ってなかったんですよ。これ、あやしいでしょう(笑)。カードだけ持ってすぐおろしてくる、ならまだ信用できるような感じもしますが、「家まで取りにいっていいですか」ってのは嘘くさいよねえ。また私、嘘くさい顔してるんだこれが(笑)。
 シドロモドロになりつつも事情を説明していたら、カウンターの中からご主人がパッと、
「いいよいいよ、今度で!」
 そう、仰ったのです。


 ここで説明。
 私はそのとき、取材うんぬんということは一切伝えていません。過去にも話したこともない。そして食べていたのは、一杯800円とかの天丼じゃありません。4000円のコースです。
 そんな、申し訳ありません、すぐ取って来ますと焦る私を、
「仕事あんだろ、このあと(ランチでの訪問でした)。すぐってのも大変だろう。今度でもいいよ」
 な、なんていいひとなんだこの人はと驚く私に、とどめが。
「このぐらい(4000円)今日入んなくたって、うちゃあ潰れやしねえよ!」
 といって笑うのです。

 落語や歌舞伎の世話物の世界にまぎれこんだかのよう。そんな錯覚を覚えました。
 まさにライヴ人情噺です。まさに『文七元結』。いやはや、恐縮しました。「有難い」こと体験させていただいた。もちろんすぐお金はお返ししましたし、これが取材の結果にどうこうということもありません。
 けれどねえ……なかなかこんなキッパリした態度、取れないものじゃないでしょうか。
 うっかりは直したいけれど、うっかりもときに粋なもの味わわせてくれるもんだ。ご馳走様でした。