目玉焼きの味


 生まれてはじめてフライパンを握ったのは、目玉焼きをつくったとき……なんて人、多いのではないだろうか。最初につくった目玉焼きはうまくできたか、それとも無残な形に仕上がったか。記憶のかけらにも残っていない。


 目玉焼きには好みが出る。とてもシンプルな料理だけど、人によって好きな加減が随分変わるたべものだ。
 僕は、油をチョイ多めにして、白身の回りをキツネ色に軽く揚げる。黄身は固めずトロトロに。いつも、ふたつ焼く。ひとつは塩こしょう、もうひとつはケチャップで。
 これが一転、ベーコンと焼いたら必ず醤油でいただきたい。そしてこの場合、黄身はちょいトロで半熟に固めるのが好きだ。
 ベーコンエッグを思い出したら、味噌汁が飲みたくなってきた。これはひとつのパブロフ、うちの朝ごはんの定番セットだった。味噌汁とご飯とベーコンエッグ、ときに焼き魚と焼き海苔。パンを朝に食べることはなかった。舌の記憶とセットになるのは、不機嫌な母の顔。朝が弱い人だった。
 いつも仏頂面で、早く食べて学校に行きなさい、と私をけしかけた。眠い顔をしてダラダラしているひとり息子に、「みんな歯を食いしばって会社に学校に行ってるんだよ!」
 などとよくキレていた。怖かった。今日の朝、目玉焼きを作っていたら思い出したその「声」。
 いつもより早く机に向かって仕事をしている今日の私。朝食が大事、というのは本当らしい。