恋しやフォー


 辺見庸さんの名著『もの喰う人々』に、こんなことが書いてあった。
「このうどん、フォーという。ベトナム北部独得のファーストフードなのである。
 米粉の汁を鍋で蒸し、薄いフィルム状にしたのを細く切って作った麺。それを三秒から五秒さっとゆでる」
 なるほどお……フォーは乾麺だけだと思っていたけれど、作りたての生麺もあるのですね。
 考えてみれば当然のこと、我らがうどんも蕎麦も同じこと。イタリアのパスタとてそうではないか。


 以来、生フォーを食してみたくて仕方ないのだけれど、これがどうにもお目にかかれない。
 今度大好きな西麻布の「キッチン」にいったら、オーナーシェフの鈴木さんに訊いてみよう。そうそう、「キッチン」の近くにもいいお店がありますよ。「タイ・タム」、イタリア料理「ダルマット」の目の前、といえばピンと来る人も多いかもしれない。
 写真はランチメニューの「フーティヌック」。説明によると
「豚骨・スルメ・干しエビなどから出汁をとり、海鮮などの具材もタップリ」
 というメニュー。これがまたうまいんだ。


「薄い味」と「薄味」は全然違うもの。スープをひと口すすると、しっかりとした旨味が穏やかな「なぎ」のようにジンワリ感じられてくる。ああ口腔に押し寄せる様々なエキス。ゴロッとしたエビやイカ、具の味も実にいいけれど、豚の脚肉の味わいの濃さ! 
 頼めば香菜もちゃんとくれます。ちょっと薄いかな、と思ってもニョクマムなぞ入れず、ゆっくり味わうべし。ベトナム人の名物おかみさんの、実家に帰ったようなサービスもまたご愛嬌。

 生春巻もついてくる。これがまたうまい。シャキシャキした野菜の歯ごたえ、水切りの良さがうむ爽快な感覚。しめて千円也。夜行くなら大人数で。ただし、おかみさんのおすすめにすべて従う心積もりで伺うのが良。