音感のいい食べもの、アンチョビ


日本人が「アンチョビ」という言葉を知ったのはいつなんだろう。
もちろんイタリア料理関係者は古くから知っていただろうが、
広くその名が定着したのは、配達ピザブームのころじゃないだろうか。

私が中学生になりたての頃、今から20年前ぐらいのことだ。
配達ピザがとても流行っていた。私はテレビで、配達ピザというものを知った。
ドラマでは何かあると、ピザを頼むシーンが出てくる。
お母さん、今日友達集まるんだ。ピザとってよ。
週末うちでホームパーティしよう、料理はピザとればいいじゃないか。
どうしたのこんな時間に来るなんて……今日何も用意してないのよ。ピザでも頼む?
様々なシーンでピザが登場した。そして、電話注文のときよく耳にしたのが、アンチョビだった。
「トッピングは何になさいますか」
その答えの定番が、アンチョビだった。


アンチョビ、日本語で言えばカタクチイワシの塩漬け。
写真は中目黒「トロワピエロ」で食べた自家製のもの。
最初に配達ピザでアンチョビを食べたときは、「えらいしょっぱいペースト」ぐらいにしか思わなかった。
そういうものだと思った。それが時が経ち、配達ピザはデリバリーピザと呼ばれ、
形も四角くなったり薄くなったり、どういうわけか、まわりにソーセージまで付き出した。
アンチョビもペーストではなく、小イワシそれ自体、塩漬け、オイル漬けのものを含めて呼ぶのだということも知った。
さらには日本でも作れ(なぜか、イタリアでしか出来ないと思い込んでいた)、
料理に便利なチューブに入ったペーストまで、割と簡単に買えるようになった。
身の食感がしっかりした自家製アンチョビ。塩加減がよくて、酒の「アテ」にちょうどいい。
これが酒肴好きの日本人に人気の理由かとも思えど、
アンチョビが日本で愛される一番の理由は、その名前じゃないだろうか。
アンチョビ、あんちょび。昔の唄にでてきそう。アンチョビ、ダンチョネ、タンチャマシマシ。
恋しやあんちょび。食感ならぬ、「音感」のいい食べものじゃないだろうか。


(文=白央篤司)
本家ブログ:http://d.hatena.ne.jp/hakuouatsushi/