鉄火巻
とあるスナックのママにこんな話を聞いた。以下、ママの回想。手には水割り。
「若い頃ね、お客さんがお寿司に誘ってくれたのよ。一緒に働いてた仲良しの子と一緒にね。嬉しくてねえ。
まずカウンター座ってね。好きなもの頼んでいいよ、っていわれても、なに頼んでいいのかよく分かんないのよ。みんな貧乏だったから、滅多にお寿司なんていけないしね。それで、カウンターの上に色々書いてあるじゃない。知ってるの高そうなものばかりでさ、トロとか鯛とか。遠慮もあるから高そうなのもいえないし、巻物ならいいかと思って、あたしカンピョウ巻頼んだの。そしたら一緒に行った子がね」
ここで、ママは水割りを飲んでから、いった。
「“あたし、てつびまき!”
そういったのよ。嬉しそうにね。知らなかったのよ、読み方。食べたことなかったんだって。その子ね、特にビンボーなおうちの子だったのね。熊本の子なんだけど。
結局そのあと、読み方教えたんだか、やりすごしたのかは忘れちゃったんだけど。
今でも、なんかね。鉄火巻見ると、一瞬そのこと思い出す。なんだか淋しいような、情けないような、ね」
悲劇は喜劇である。逆もまた然り。