大根連想


「だいこひき だいこで道を 教へけり」


 小さい頃、なぜかうちで「俳句かるた」が流行った。
ルールは普通のかるたと一緒、「やれ打つな」と読まれれば、
「蝿が手をすり足をする」と書かれてあるのを取るわけです。
よくしたもので、小さい頃に暗誦(あんしょう)したものというのは忘れませんね。
ああ……百人一首もやっておくべきだった……。
百人一首のセットは、うちでは「坊主めくり」に使われるのみだった。
我が家の文学性というのは、17文字が限界なのかもしれない。
 坊主めくりなんて、今の子供は分からないだろうけれど。


 もう話が脱線している。さてもちろん子供の頃だから、
かるたをしつつ俳句の詩情を味わうなんて風雅なことをするはずもなく。
けれど、いくつかのシンプルな句にはファンタジーをかき立てられた。
 先の小林一茶の句も、そのひとつ。大根をいただく度、あの句が思い出される。
なんとも映像的な句で、ほっかむりに笠をかぶったお百姓さんがおのずと目に浮かぶ。
勝手な想像だけれど、道を聞いているのは、娘を馬に乗せ手綱を引く若者であってほしい。
近松の「おさん茂兵衛(もへえ)」の道行あたりがイメージのベースだと思う)
そして、空は絶対に曇天でなければならない。雪をたっぷり含んでいそうな、厚い雲。
遠くには、枯れ枝に二つ三つ残る熟し柿。
そのまま、私の母の田舎である下越地方の山あいの村だ。


「大根」
まずい役者のことを古くはこういった。今でも舞台、それも伝統系の方は使うんじゃないだろうか。
 歌舞伎の大向こう、というのがある。
中村屋!」「二代目!」
最近はこういうのばかりだけれど、大昔は違ったらしい。
まずい役者の芝居に腹を据えかねると、
「下手糞!」「大根!」
という大向こうもかかったのだそうだ。現在も復活させるべきだと思う。
松竹の係員がスッ飛んできてつまみ出されるのだろうが。
歌舞伎の芝居小屋回帰を謳う中村屋は、どう思うだろうか。


大根。あぶらげと一緒に味噌汁の具にするのが一番好きだ。
たっぷりおろして、タラなど、そのとき安い白身魚を揚げてみぞれ煮もいい。
いかと一緒に濃い目に煮付けるのもいい。このとき、私はクタクタに大根を煮るのが好きだ。
おでんは家ではしない。あれは買ってくるもの、外で食べるものだと思っている。
写真は池尻の名店「おわん」の大根の照り焼き。
片栗をつけた大根をじっくりフライパンでソテーする。
下茹でをしてないということだが、実に味が染みておいしかった。プロは違う。


(文=白央篤司)
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