豆腐の味


 味噌汁に豆腐って入れるもんなのか――私はすっかり驚いた。
 小学校のときの話である。その頃私は、仙台に住んでいた。福島の会津若松に修学旅行に行った朝のこと。豆腐にワカメのお味噌汁が出た。私は軽く驚いて、ふと隣にいた友達に、こう漏らした。
「豆腐なんて、珍しいね」
 彼の表情が忘れられない。まさに仰天といった面持ちで、暫く彼は黙った。そして押し黙ったまま、ちょうど飲まんとしていた味噌汁の椀を見つめ、ひとすすりして、言った。
「普通だろ。よく、食べるよ」
 まわりにいた子も聞こえていたようで、次々に口を開いた。
味噌汁には豆腐。いつもそうだよ。うっそお――みんながみんな、どうしてそんなことを知らないの、という顔でこちらを見つめる。なんだか怖くなって、黙って味噌汁を飲んだ。


 うちに帰って開口一番、事の顛末を母に話した。まだ私は、納得がいかなかった。誰が何といおうと、豆腐の味噌汁など見たこともなかったのだ。一縷の望みを託すような気持ちで、私は尋ねた。
「おかあさん、味噌汁に豆腐なんて、入れるもんなの」
「みんなよく使うわよ」
  母はシレッと、笑っていった。
「温かい豆腐って好きじゃないのよね、あたし。冷奴のほうがおいしいじゃない」
 それだけの、ことだったのである。
 大袈裟なようだが、私にとっては最初の「カルチャーショック」だった。私は、家で起こっていることは全て一般的で、至極普通のことばかりだと思っていた。それが、違う! このときは結構なショックだった。些細なことと思われるかもしれないが、私にとって味噌汁の豆腐は、コペルニクス的発見だったのである。
「うちだけの常識」というものに、皆はどうやって出会っているのだろう。


 年をとると、味覚が変わる。豆腐はそのリトマス試験紙ではないだろうか。三十を越してから、妙に豆腐が好きになった。
 豆腐の食べ方というのも、人それぞれ様々で面白い。
 ネギに鰹節、醤油をサラッとが一番。
 いや、おろし生姜とネギに醤油のほうがスッキリする。
 分かってない、本当にいい豆腐は塩だけで充分。
 そうかな、いつもゴマドレッシングでサラダで食べるけど。
 え、豆腐って聞いたら「麻婆豆腐」しか思いつかない。
 キュウリとジャコ、ミョウガを細かくしてゴマと合えて軽く揉んだのを乗っけていただくと、結構オツな一品になりますよ。
 等々……食べ物好きの、「わが豆腐レシピ」話は尽きないものだ。


 そして私はというと、やっぱり奴にしてしまう。不思議と、味噌汁に入れる気がしない。おいしいのはわかっているのだけれど、これもひとつの「パブロフ」なのだろうか。ただ暖かい豆腐が嫌いなのかといえば、そうでもない。湯豆腐は、冬なら毎日でもいい。そしておかしなことに、湯豆腐は父の大好物なのだ。湯豆腐など、小さい頃は箸が進まないどころか何というロマンのない食べ物かと見向きもしなかったというのに。
 変なところばかり似てくる。