名残の冷汁


 降ったり止んだり。このところの東京は、ずーっとそんな感じだった。だから、先の水曜は嬉しかった。朝起きれば、抜けるような青空に白い雲。時計を見たら7時だった。その瞬間に徒競争のごとく「位置について」と脳内号令、「パンッ!」と心に響いた空気銃。いつまでもつかわかりゃしない、この晴れをキッチリ享受しなくてなんとする。むしるように枕カバー、シーツをベッドから剥ぎ取った。室内だと悪夢のように乾かないバスタオルも全部一緒に洗濯機へぶち込んで、まわる水面を眺めながめつつ、フト考えた。
「そうだ、冷汁を作ろう」
 冷汁日和は、これを逃したら来年までお預けかもしれない。ちょうどもろもろ野菜や何かも揃っているはず。そう決めたが途端、夏らしい強い光が、だんだん部屋に差し込んできた。窓を開けてみれば、すでに蝉が元気に鳴いていた。
 

 と、前置きが長くなりました。冷汁……私はいろいろな人からの耳学問で、テキトーに我流で作っている。冷汁って、ホントいろんなレシピ、いろんな地方のバージョンがありますね。私の場合。
1:麦味噌で味噌汁づくり、出来たら冷蔵庫で冷やしておく。ここで一緒に鯵の干物を焼きはじめる。
2:キュウリをスライスして塩でもんで、これまた冷やしておく。
3:焼けた鯵の干物をほぐしておく。きっちり小骨を取る。ひとつ取っては自分のため、ふたつとっても自分のため。
4:豆腐(好みでどちらでも。私は絹ごし派)を手で適当に崩す。
5:茗荷、大葉の千切り、すりゴマ、煎りゴマをそれぞれ適量用意。
6:ちょい焦がし麦味噌を作る。私は木ベラにとって炙っている。アルミ焼きでもOK。
7:3・4・5を1に入れて、6をサーっと溶かして出来上がり。
 写真は素麺と一緒にしたもの。冷ご飯も勿論おいしい。


 こんな感じでしょうか。焙じた落花生をすり鉢で味噌と合わせる、九州ではこれがポピュラーなようですし、また鯵ではなくイリコでなくては、という方もある。そして「これが本当です」とテレビでやっていたのは、合わせたすり鉢を逆さにして、炭火にかけて炙るというもの。「確かに美味しかろう」と思わず呟いた。ちなみにうちの母の実家・新潟の新発田市で大昔に冷汁を頂いたことがある。非常にあっさりしていたので落花生などは入っていないと思うが、きちんとしたコクがあった。キュウリスライスのみで、氷が浮いていたのを覚えている。あのコクは何だったのだろう。
 こういう懐かしの味、それも美味しかった系の話をすると、決まって友人にからかわれる。
「思い出三割増し、あとはきれいな水と空気の力なればこそ」
 確かに、新発田から車で30分以上かかる山間の母の村、それも25年以上前の頃は、水道水でさえもお代わりを何度もしたくなるほど美味しかった。空気はいわずもがな、薄切りのキュウリは自分の畑で今さっき取れたもの。そして、すべてが「篤司、ほら食べなさい」とお膳立てられた物だったのだ。
 そりゃ美味しいわな、と、一人暮らしの私は洗い物の山と生ゴミをかたしながら、思った。さきの洗濯機が、プシューと随分大きな音を立てて止まる。ほら早く干しなさい、思い出にひたってんじゃないよ、と言わんばかりであった。
 またひとつ夏がゆく。