喫茶店のナポリタン

東京・神保町の駅すぐ近くにある、
なんとも懐かしい雰囲気の喫茶店が「さぼうる」。
小さい頃に親が連れていってくれた喫茶店そのままの造りが、いまだに残っている。


ナポリタンを迷わずオーダー。
千切りキャベツ、トマトと胡瓜のスライスがのったサラダがまず出てくる。
かかっているのは、フレンチ・ドレッシング。
スパゲティは山盛り。たっぷりのケチャップに、ソーセージと玉ねぎが絡み合う
学生アルバイトのそっけなさもどこか懐かしく。
セットドリンクはアイスミルクを頼んだ。
はじめからシロップだろうか甘味がついているミルク。
懐かしい甘さだった。


そんな甘味が舌に残り、いつしか私は「喫茶店の砂糖」のことを思い出していた。
小さかった頃、私はたまに母親に連れられていく喫茶店を、勝手に「砂糖」でランク分けしていた。
白糖のサラサラは普通の店。
茶色っぽいクラッシュアイスのような塊りで、コルクの蓋のいれものに入った砂糖なら高級店。
我ながら根拠のない選別だが、私は珍しいその茶色い砂糖をかじるのが大好きだった。
母親が見てない隙を狙っては、砂糖を取り出してかじっていた。
ただの砂糖の味だというのに、
どうしてあんなにおいしく思えたのだろう。


よく茶色の砂糖のわきには、星座が一面に描かれた球形の星占いボックスがあった。
50円玉を入れると、星占いが書いた紙が玉になって出てくるのだ。
私はそれがやりたくてやりたくて仕方がなく、親に頼んで頼んで
やらせてもらったことが一度だけある。

しかしそこには愛だの恋だのと、よく意味の分からないことばかり書いてあった。
私は失望しながらも、あれだけ懇願しただけに、「つまんないの」と吐き捨てることは出来なかった。
そんな居心地の悪い気持ちを、ふと思い出した。


今の私は、あの星占いに書いてあったようなことを、分かるのだろうか。

「さぼうる」を出るとき、そんなことをなんとなく考えた。

古めかしい扉を開ければ、ビルのガラスにメトロの看板。そんな感慨も、すぐに消えていった。